初めての

暑い暑い夏がようやく終わり、やっと秋らしい日々がやってきました。

カナダから帰ってきてから、夏の暑さが原因!?で体調を崩してしまいました。

今回は大腸憩室炎という今までに聞いたことがないもの。

発熱が二日ほどあり、風邪だと思っていたので、元気にならなければとせっせと栄養に気をつけた食事

をほうばっていたのですが、なんだか胃の調子も悪いし、右側の腹部がズーンとしていて、

これは痛は何なのかと思いながら過ごしていました。

もしかしたら癌かも知れない!?、と急に心配になりすぐにクリニックに行きました。

超音波と血液検査を経て、多分大腸憩室炎の疑い。すぐに紹介状を書いていただき、総合病院でのCTを

受けるよう指示されました。

日本人の29%ほどの方が持っているらしいこの病気。

大腸の壁に小さな窪みができて、そこが炎症を起こすらしいです。

この窪みがあっても、全く炎症せず、気づかずに過ごしている方もいるそうですが。

多分私の場合は気候の変化と、食べ物の変化で体調が整わず炎症に至ったのだと思います。

CTスキャンの結果、やはり大腸憩室炎と判明。

本当は皆さん入院して絶食、点滴で治されるらしいのですが、私は痛みがそれほど酷くなく、

自宅で治すことにしました。先生は入院を勧めていましたが。

とりあえず1週間自宅で頑張ることにしました。

腸を動かさないように、ということで、もっぱら食事はビタミン剤入りのドリンク。

あまり動かず、安静に過ごしました。胃は正常なので、お腹が空いてぺこぺこでした。笑

1週間後、血液検査ではまだ炎症レベルがあるため、もう1週間伸びました。(汗)

人間、なれるものですね。なんだかドリンクだけでもなんとか毎日過ごしきりました。

痛みがほとんどなくなってきたので、少しずつ消化の良いもの、例えば、豆腐の味噌汁、ヨーグルト

おかゆなどを少量食べるようにしていきました。

2週間目、ようやく炎症レベル下がり、お薬もなくなり、先生もOK出してくださりました。

まだまだ食事には気をつけないといけませんが、だいぶん食べれるようになってきました。

やっと玄米を食べれるようになったので、嬉しい今日この頃です。

世の中いろいろな病気がすものですね。

お互いに気をつけましょう!

黒部・宇奈月温泉 やまのは(オリックスホテルズ&リゾーツ)

Jasper

昨日、とっても悲しいニュースを聞きました。

Jasper国立公園が山火事で焼け野原になっているというのです。乾燥がすごく、風も強いということで、火の周りがとても速くて消火がなかなか進まない状況のようです。かなりの広範囲が燃えているのです。

20年ほど前に娘と一緒にRocky Mountainを旅したときに、Jasperで一夜を過ごしたことを

思い出しました。

素晴らしい景色と、綺麗な湖、たくさんの思い出があります。

その場所で、多くの方達が今大変な状況に立たされていると思うと心が痛いです。また、素晴らしい自然がまたなくなってしまう事にも悲しい思いでおります。

私が娘とJasperへ行く事になったのは、その当時高校生二人が違うホームステイ先にました。多分ESLクラスの日本人の友人を通して知り合いになったと覚えていますが。夏休みに、Rocky Mouitain バスツアーに行きたいと言っていた二人なのですが、未成年ということで予約できないので、私に助けて欲しいと連絡が来ました。娘も一緒に行くのならば行けるけれど、と返信したところ、旅行会社から連絡が来て、OKが出ました。ディスカウントしていただいたような気がします。

この時、私のホストマザーはバンフに行った方が楽しいと助言してくれましたが、そのまま行く事になりました。今思えば行って良かったと本当に思います。

私の記憶では、その当時はケロウナが山火事で、バスで通過した時にひどい焼け野原を見て心が痛かったことを思い出します。

長い長いバスの旅でしたが、生まれて初めて見る光景に心を奪われて、本当に楽しい旅でした。

高校生の二人もとても優しい方達で娘ともよく遊んでくれました。

早く火が消えてくれることを願います。

冬のバンクーバー

夏にバンクーバーに来ると、もうその魅力に取り憑かれて、また絶対に訪れたい!と思います。

実は私が初めてカナダに来たのは、クリスマスの時期でした。

カナダ親子留学を目前に、下見に来ました。だいぶん前にお話ししたような気がしますが、

カナダに到着したのが、12月23日か24日だったような気がします。冬だったので航空券も安く、大学も見てみたいと思い娘を連れて訪れました。

彼女は大変フレンドリーで、飛行機に乗ると必ずと言っていいほど隣の方と友達になります(笑)

私は飛行機ではすぐに寝てしまうので、つまらなかったと後で聞きましたが。

その時は、私たちの隣には中国系のなんだか強面の男性が座っておられて、あ、やばいと思いながら、

私は静かに寝ていました。ところが、目が覚めてみると…

なんと娘がその男性とニコニコしながらお菓子を食べておりました。(娘のおやつです。)

え??と思いながら、その方と目が合って、Hello!

なんと外見とは裏腹に大変優しい方で、色々なお話をしました。私もその時はそんなに英語ができたわけではありませんでしたが、なんとかジェスチャー混ぜこぜで頑張りました。

そこで、カナダはクリスマスほとんど店が閉まってしまいますよー。と言われ、ガーン!やばい。

ホテルはとっていたので、まあ大丈夫かなと思いつつ考え込んでいると、彼の奥さんが空港まで迎えに来ているので、もう一度Turkeyを焼いてくれるかどうか聞いてみるよ。と言いました。

私はまだそのとき、カナダのクリスマスについては詳しくわかっていなかったのですが、いや、大丈夫です。と丁寧に断ったのですが、到着ロビーで奥様にもお会いして、OKが出ました。

ということで、なんと翌日彼と彼の娘さんが車で迎えに来てくださり、Maple Ridgeの自宅まで

向かいました。私がSFUに行きたいことを話していたのを覚えていてくださって、行く途中大学に寄ってくださり、見せていただきました。

今思えば本当にラッキーで、感謝の一言です。

ということで、冬のバンクーバーは暗く、寒いので、多くの方が鬱になると聞きますが、私たちにとってはこの素晴らしい体験のおかげで全く悪いイメージがなく、私のカナダ行きを確実にしてくれました。

びっくりしたこと

私が住んでいたことろは、Surreyという街。Vancouverのダウンタウンからはかなり離れた場所です。

車で多分1時間はかかっていたように思います。やはり車がないと生活はできませんでした。

前回と同じように、娘は毎週土曜日にダウンタウン近郊にある日本語補習校に通うことになりました。久しぶりに会う先生たち、クラスメートたち、懐かしい気持ちでいっぱいのようでした。

もちろん、前回同様保護者会というものも存在しており、保護者の一員として会議などにも参加させていただきました。高校生は人数が少ないので、保護者の仕事も結構ありました。

これは日本でもあることですが、狭いコミュニティの中では派閥のようなものがあり、一度会議の中で、私は中立の立場で発言したことで、他のお母様たちから総スカンを受けた記憶があります。(笑)

そんなことで、めげる私ではないので、難なくすり抜けていきましたが。いやはやびっくりしました。

カナダに来てまで、これなのか?!と感じたことを覚えています。

もう一つびっくりしたことは、現地の高校の対応でした。

娘はESLが必要ないという感じで普通クラスに入ることになりました。私としては一つ下のグレードから入った方か良いのかと思いましたが、空きがなかったために、現状のグレードのままで入りました。

毎日たくさんの宿題が出て、彼女なりに一生懸命頑張っていました。時々私も時間があれば援助していました。

クリスチャンの学校のため、生徒たちは幼稚園からずっと一貫してこの学校に来ているため、もう教室内はグループが出来上がっていました。なかなか他の生徒さんと一緒に交わることは難しい、と娘からは聞かされていました。ですので、いつも一緒にいるのは、留学生の生徒たち、韓国、中国からの生徒さんでした。

時々両親がお金持ちでサラッと子供たちを留学させることがあり、このような場合、子供は来たくてここにいるんじゃない!みたいな態度で過ごしている時があります。

あいにくこのような生徒さんと同じクラスになってしまいました。性格的にはとても優しく、娘のことを気にかけてくれる方だったのですが、宿題など全くしないので、娘のものを写して提出することがありました。彼女はこれについてはとても嫌がっっていたことを覚えています。

ある英語のテスト前の彼女は本当に必死に勉強して、私も手伝って頑張った時がありました。

かなり良くできたのではと思っていたのですが、なんとfail.

何が悪かったのか先生に聞きに行ったようです。点数が悪かったのであれば理解できましたが、理由が

cheatingだというのです。Homeworkの答えが他の中国人生徒と全く同じだったからだというのです。

これには私たちはびっくり。娘は意気消沈。今まで頑張ってきたのに、そんなふうに見られていたことにかなり傷ついた様子でした。

娘には何もしなくて良いと言われたのですが、頑張りを毎日見てきた私には納得できませんでした。

すぐに英語の先生との話し合いの時間をとっていただきました。

とにかく私は娘の頑張りを知らせなくては、彼女に対する偏見を取り除いて欲しい、必死でした。

親バカと言われても、これだけは伝えなくてはと思いました。

提出した宿題も私と一緒にあれこれと試行錯誤しながら仕上げたものなので、他の生徒さんのアイデアでは決してありえないわけです。

先生といろいろお話しさせていただき、なんとか誤解が解けました。しかし、Fを今から取り消すことは難しいと言われ、また取り直すことで解決しました。

これからは彼女の頑張りをしっかりと見てほしいことと、今日先生にお会いしたことは娘には内密にしてほしいことを約束しました。

この後、彼女は宿題を見せることはしなくなりました。

学生生活

3年間高校で教師をし、また担任という大きな責任を背負いがら過ごした日々から

一転して、また学生生活に戻りました。今回は失敗は許されません。

1年間でしっかりと卒業をして、また教師生活に戻らなくてはなりません。

前回と違い、専門クラスがほとんどなので、クラス規模も小さく、だいたい30人くらいの編成です。

パソコンは独学でやってきたので、わからないことがたくさん。プレゼンや、資料作成、エッセイの提出など、すべてやらなくてはなりません。特にグループでのプレゼンではお互いに資料をオンラインで交換したり、リサーチの結果をまとめたり、と頭が痛かったことを覚えています。

カナダでは計算の数値を計算機で計算する問題もあり、言語学の専門クラスのテストに出て、ちんぷんかんぷんだった記憶も。暗算で答えは出ても、ダメでした。

日本では音楽大学を目指し、高校では音楽コースだったので数学、化学をほとんど勉強した記憶がなくて(笑)

ここにきて、言語学、こちらはサイエンスに近い分野になるので、甘かったな。と反省。

幸いにも若いクラスメートがとても親切にしてくれて(多分私が最年長だったような)、一緒に勉強する時間を作ってくれたことで、この難しい環境でも乗り越えられたのだと今も感謝しています。

 住んでいる場所が少し大学から遠いのと、前回と違いガソリン代がバカ高くなってきていて、大学まで車で行き来するには予算を大幅に超えるため、車とバス、スカイトレインでride &bikeというシステムを使い、通いました。最寄りのスカイトレインの駐車場に車を止め、そこからスカイトレイン、そしてバスを乗り継ぎ大学まで、という形です。今、日本でもこのシステムを使っているところがあると思います。

 娘も新しい学校での学びが始まりました。

 私立高校のため、制服がありました。なんとも変な気持ちでした。カナダで制服を着るなんて!

なかなか可愛い制服でしたよ。

 ちょうど大家さんの娘さんたちも同じ学校だったので、時々一緒に連れて行ってくださり、こちらも感謝でした。さすがに帰りまではご迷惑かけられないので、バスで帰るようにしていましたが。

こうして色々な方達のおかげで、新しい学生生活が始まりました。感謝です。

Dilemma

私の気持ちはすでにカナダに。

と同時に3年間のブランクででやっていけるのかどうか…不安もありました。

娘は中高一貫に入り、高校生活も楽しく、担任の先生がとても良い方で

彼女にとって満喫した時間を過ごしていたことを覚えています。

やっと日本に慣れて頑張っている娘の姿を見て、自分一人で行くこともありだな。と

一方では、娘の将来を考えたら、一緒に連れて行った方が絶対にいい。と

Dilemma (ジレンマ)でしたね…

とりあえず渡河の意向を伝えました。

予想通り、彼女の最初の反応は『行きたくない。』でした。

それはもう、わかっていたので、とにかく私は行くので日本で頑張って待っていて欲しいと告げました。

今まで、二人三脚で頑張ってきたので、離れることはとても辛いことでしたが、私の決意は変わりませんでした。彼女にとっても、私にとってもきっと良いことなのだろうと自分に言い聞かせている毎日でした。

しばらくカナダ行きについては話すことはなく、過ごしました。

決断

3年の月日は私たち二人にとっては本当に大事な時間でした。

娘の高校受験がなかったので、その分のストレスがなくなり大きな問題なく過ごすことができました。

私は教師として、たくさんのteenagerの生徒さんに会うことができました。

家庭の事情が非常に良くなく、それゆえに行動に問題のある子たちにも会いました。行動自体は悪いことなのですが、心に悩みを持ち、壊れそうな心で過ごしている子供達。

夜遅くまで家に電話をしたり、朝早くから家の方に尋ねたりと。真剣に向き合えば向き合うほど、私の方もどんどん疲れて、たまに友人に会うと、『なんか、大丈夫?窶れちゃって。。。』と言われる日々が続いていました。

それもあったのですが、一つ心配事がありました。

自分の英語力が日に日に衰えてきていることでした。日本語の環境にどっぷりと浸かり、英語を使うことがないのです。娘も然り。なるべく家では英語で会話するようには心がけていましたが限界がありました。

もうそろそろ戻らなくては……カナダへ。

大学からの手紙ーーーまだ有効だ。

気がついたら、高校の理事長にアポイントメントを取り付けていました。

この方は母のことをよくご存知の方でしたので、快く時間をとっていただきました。

私は今までお世話になった感謝を告げ、カナダの大学との約束を話しました。この時は

辞職するつもりでした。『何年かかるの?』と聞かれ、『多分1年で卒業はできます。』と

返答。『では、1年お休みして、また戻ってきてください。』と言ってくださったのです。

あっという間に承諾していただきました。このご恩は一生忘れないと思います。

さあ、これからまた新たな挑戦が始まります。

帰国子女とは その2

高校受験、これは私の地元富山では大変な関門です。

どの大学を卒業したかよりも、富山のどの高校を卒業したか、ということが大事なポイント。しかも、国公立は私立よりも上に見られている風潮があります。

私はあまり何も考えずにやってきましたが、大人になってみて、周囲の方々との会話で、この事実を

知り、びっくりしました。(汗)いや、これは実に面白い富山の特徴です。

地元のマンモス校に入って、他の生徒たちと一緒に学んでいけるのか。いじめなども対処していかなくてはならない。なんとか彼女を守る方法はないのか、悩みました。

東京にあるInternational schoolも考えましたが、授業料もかなり高く、また別々に暮らすことはその時は考えられなかったので、ひとまずこちらの方は保留にしました。

その頃は富山県には私立中学、高校の一貫教育施設がなく、色々探した結果、隣の石川県金沢市に、中高一貫コースの学校を見つけました。私の母が金沢出身なので、聞いてみたところ、大変良い学校とのこと。少人数制、キリスト教に基づいた教育理念、何より高校受験がない!

さっそく学校と連絡をとり、中学受験の申し込みなどについて教えていただきました。メールのやり取りから、学校の対応の良さが印象に残っていて、教頭先生が英語の先生だったこともあったのでしょうか。親身になって対応していただいた記憶があります。

帰国がすぐにできないため、中学受験願書の資料を母に学校までとりに行ってもらい、カナダに送ってもらいました。それをまた日本に送り返し、今では考えられない長い道のり(笑)

母には本当に感謝です。

ここから娘の中学受験勉強がスタートしました。

こんな短期間の準備で大丈夫なのだろうか?不安がなかったわけではなかったのですが、この時は、もうここに行く!と決めて行動をしていたので、迷っている時間はなかったように覚えています。

不安の理由としては、カナダにいた4年間は、毎週土曜に現地にある日本語補習校に通っていましたが、こちらでは、国語、算数を集中して勉強しており、理科、社会はほとんど勉強していなかったことです。

とても親切な牧師Yさんが、このギャップを埋めましょう!と、手を挙げてくださり、週に2、3回お家の方に通わせていただいた記憶があります。本当によくしていただき、感謝しております。娘も帰国を望んだ以上、やはりやらなければ。と文句を言わず、頑張っていた様子を覚えています。

帰国の日が迫ってきました。

親子留学での出来事 その2

前回は 親子留学中でのトラブルについてお話ししていました。

詳しいことは、その1を読んでくださいね。

友人からのアドバイスで、迷わずにombuspersonに相談をしました。

この方は、大学での生徒たちのトラブルを解決してくださる役割を担っておられます。

emailを送ったら、すぐにオフィスに呼んでくださり、話を聞いてくださいました。

お話しをした後は、精神的に辛い時に話ができる学生たちの部屋に連れていってくださったり、飲み物が無料で飲めて、リラックスできる場所を教えてくださいました。

年配の女性の方でしたが、本当に優しい、信頼のできる方でした。

カナダのイメージは、とにかく全てがゆっくり。銀行や、お役所なども本当に日数がかかります。(笑

きっと今回ものらりくらりと進んでいくのだろうと疑心暗鬼。

ところが、彼女にはすごい行動力があって、副学長との面談が決まったのです!

これは本当にびっくりしました。

ミーティングの日、彼女と色々と打ち合わせをしてから、副学長のオフィスへ伺いました。この時は、どのような答えが返ってくるのか、全く想像がついていませんでした。

今までの経緯を記した手紙を渡し、その後に色々なお話をさせていただきました。今思えば、この副学長はとても腰の低い方で、親身になって私の話を聞いてくださいました。ミーティングの最後には、registration officeと学部との連携ミスだということを受け入れていただき、これからの大学側としての対応策を伝えてくださいました。

その内容は、今までの学費に関しては、返納は無理といういうことでしたが、これからの授業料に関しては、卒業するまで、サポートするということでした。

え!本当ですか!すごい!それは本当にありがたいことだ!と感謝、感激でした。

今までの苦労がなんだか嘘のように、晴れやかな気持ちになったのを覚えています。

と同時になんとも言えぬ、心の中に重いものがのしかかってきました。

実はこの時、滞在費も残り少なくなっており、どうしても帰国せざるおえない状況が迫ってきていたのです。(泣

せっかくここまできたのに、ああ、もう諦めなくてはいけないのか。なんと伝えれば良いのか…..

人生、山あり、谷あり、です。

この後どうなっていくのか。

次へと続きます。

A great news

小学6年生から通ってくれていたSくんが、海外の大学に進学しました!

初めて来た時のことは、今でも覚えています。かわいかったですね。月日が経つのは早い!本当に大きく、立派になられました。レッスンに来るとnative speaker (私の旦那ですが)と、Sciense,Physics,Mathについていろいろな情報をみたりして語り合っていた姿が思い出されます。彼は本当に真面目で、一生懸命。勉学に対していつも真摯に向き合っていたことを覚えています。

学校での勉学が忙しいにも関わらず、レッスンには必ず来ていました。あまりにもストイックなので、身体のことが心配でしたが、そこのところもきっちりと自己管理力もあったのでしょう、乗り越えていました。

彼の英語力を高める努力は、やはり、毎日のroutineがしっかりしていたことです。朝の30分のreadingは必ずしていたようです。また、自分の興味のある分野の英語の本をたくさん読んでいました。

speech contest, また、海外の短期プログラムなどにも参加して、自分の見聞を広げていました。

日本にいて、英語力を伸ばすためには、やはり毎日の取り組みが非常に大事になってきます。私たちは週に一度しか会えないわけですが、生徒さんたちには、必ず毎日英語に触れてくれるように指導しています。

もちろん対面でのレッスンが一番良いのですが、週一回でのレッスンには限りがあり、生徒さんの状況に合わせて、私たちもいろいろな形態でレッスンしています.

例えば、30分レッスン教室で、30分レッスンはonlineでのレッスン、そうすると週1回の費用で週2回英語に触れることができます。また、家族の事情で送り迎えが難しい生徒さんには、週2回の30分電話レッスンも提供しています。

また、転勤などで県外に移動になった方も、引き続きonlineにてレッスンを続けていただいています。

長々と書いてしまいましたが、本当に嬉しい知らせをいただいて、感謝しています。

このような素晴らしい方に巡り会えたことは本当にLuckyだったとしか言えないですね。

大きく羽ばたいていってほしいです:)