Summer Trip 2024

今年の4月くらいに保護者の方から、ぜひ子どもたちにカナダの生活を体験させたい、と

お話しがあり、今回のTripが実現しました。

今回は二人の男の子9歳と11歳が参加されました。

二人で旅をするということで、未成年者のカナダ渡航のガイダンスに従い、いくつかの書類を準備していただきました。カナダでは子供の保護についてとても厳しい法律があります。ですので、入国するにあたっては、しっかりとした準備が必要です。

トラブルもなく無事に入国。バンクーバーインターナショナル空港では元気な顔を見せてくれました。

ステイ先はVancouver island。車で迎えに行けば?と言われるのですが、夏のバンクーバー、特にアイランドに向かうフェリーは毎日混雑が激しく、私たちは車を避け、歩きでフェリーに乗ることにしました。

空港からスカイトレインに乗り、ダウンタウンまで30分。そこから、Horseshoe bay フェリーターミナルまでの急行バスに乗ります。そしてフェリーに乗り1時間半。なかなかの長旅です。スーツケースを持ちながらの移動でしたが、元気に乗り切りました!またフェリーの荷物を預けるときにも地元の方とお話ししながら、預け方を学びました。カナダではすぐに会話が始まってしまうのです。(笑)

フェリーでは、近くに座っていたご家族と色々なお話をしました。後で知りましたが、このご家族、トロントから車で来られていて、午後6時のフェリーに乗るのに朝10時から並んでいて、やっと乗れたとのこと(ビックリ!)

歩きでよかった、よかった。

Vancouver Islandにはたくさんのrivers, lakes, beaches, parks があり、大自然の中で思いっきり遊ぶことができます。期間中は雨もなくとても良いお天気に恵まれました。

2週間という短い間でしたが、お母様からは、短い間に一回りも、二回りも大きくなって帰ってきました、という嬉しいメッセージもいただきました。ありがとうございます!

Jasper

昨日、とっても悲しいニュースを聞きました。

Jasper国立公園が山火事で焼け野原になっているというのです。乾燥がすごく、風も強いということで、火の周りがとても速くて消火がなかなか進まない状況のようです。かなりの広範囲が燃えているのです。

20年ほど前に娘と一緒にRocky Mountainを旅したときに、Jasperで一夜を過ごしたことを

思い出しました。

素晴らしい景色と、綺麗な湖、たくさんの思い出があります。

その場所で、多くの方達が今大変な状況に立たされていると思うと心が痛いです。また、素晴らしい自然がまたなくなってしまう事にも悲しい思いでおります。

私が娘とJasperへ行く事になったのは、その当時高校生二人が違うホームステイ先にました。多分ESLクラスの日本人の友人を通して知り合いになったと覚えていますが。夏休みに、Rocky Mouitain バスツアーに行きたいと言っていた二人なのですが、未成年ということで予約できないので、私に助けて欲しいと連絡が来ました。娘も一緒に行くのならば行けるけれど、と返信したところ、旅行会社から連絡が来て、OKが出ました。ディスカウントしていただいたような気がします。

この時、私のホストマザーはバンフに行った方が楽しいと助言してくれましたが、そのまま行く事になりました。今思えば行って良かったと本当に思います。

私の記憶では、その当時はケロウナが山火事で、バスで通過した時にひどい焼け野原を見て心が痛かったことを思い出します。

長い長いバスの旅でしたが、生まれて初めて見る光景に心を奪われて、本当に楽しい旅でした。

高校生の二人もとても優しい方達で娘ともよく遊んでくれました。

早く火が消えてくれることを願います。

冬のバンクーバー

夏にバンクーバーに来ると、もうその魅力に取り憑かれて、また絶対に訪れたい!と思います。

実は私が初めてカナダに来たのは、クリスマスの時期でした。

カナダ親子留学を目前に、下見に来ました。だいぶん前にお話ししたような気がしますが、

カナダに到着したのが、12月23日か24日だったような気がします。冬だったので航空券も安く、大学も見てみたいと思い娘を連れて訪れました。

彼女は大変フレンドリーで、飛行機に乗ると必ずと言っていいほど隣の方と友達になります(笑)

私は飛行機ではすぐに寝てしまうので、つまらなかったと後で聞きましたが。

その時は、私たちの隣には中国系のなんだか強面の男性が座っておられて、あ、やばいと思いながら、

私は静かに寝ていました。ところが、目が覚めてみると…

なんと娘がその男性とニコニコしながらお菓子を食べておりました。(娘のおやつです。)

え??と思いながら、その方と目が合って、Hello!

なんと外見とは裏腹に大変優しい方で、色々なお話をしました。私もその時はそんなに英語ができたわけではありませんでしたが、なんとかジェスチャー混ぜこぜで頑張りました。

そこで、カナダはクリスマスほとんど店が閉まってしまいますよー。と言われ、ガーン!やばい。

ホテルはとっていたので、まあ大丈夫かなと思いつつ考え込んでいると、彼の奥さんが空港まで迎えに来ているので、もう一度Turkeyを焼いてくれるかどうか聞いてみるよ。と言いました。

私はまだそのとき、カナダのクリスマスについては詳しくわかっていなかったのですが、いや、大丈夫です。と丁寧に断ったのですが、到着ロビーで奥様にもお会いして、OKが出ました。

ということで、なんと翌日彼と彼の娘さんが車で迎えに来てくださり、Maple Ridgeの自宅まで

向かいました。私がSFUに行きたいことを話していたのを覚えていてくださって、行く途中大学に寄ってくださり、見せていただきました。

今思えば本当にラッキーで、感謝の一言です。

ということで、冬のバンクーバーは暗く、寒いので、多くの方が鬱になると聞きますが、私たちにとってはこの素晴らしい体験のおかげで全く悪いイメージがなく、私のカナダ行きを確実にしてくれました。

びっくりしたこと

私が住んでいたことろは、Surreyという街。Vancouverのダウンタウンからはかなり離れた場所です。

車で多分1時間はかかっていたように思います。やはり車がないと生活はできませんでした。

前回と同じように、娘は毎週土曜日にダウンタウン近郊にある日本語補習校に通うことになりました。久しぶりに会う先生たち、クラスメートたち、懐かしい気持ちでいっぱいのようでした。

もちろん、前回同様保護者会というものも存在しており、保護者の一員として会議などにも参加させていただきました。高校生は人数が少ないので、保護者の仕事も結構ありました。

これは日本でもあることですが、狭いコミュニティの中では派閥のようなものがあり、一度会議の中で、私は中立の立場で発言したことで、他のお母様たちから総スカンを受けた記憶があります。(笑)

そんなことで、めげる私ではないので、難なくすり抜けていきましたが。いやはやびっくりしました。

カナダに来てまで、これなのか?!と感じたことを覚えています。

もう一つびっくりしたことは、現地の高校の対応でした。

娘はESLが必要ないという感じで普通クラスに入ることになりました。私としては一つ下のグレードから入った方か良いのかと思いましたが、空きがなかったために、現状のグレードのままで入りました。

毎日たくさんの宿題が出て、彼女なりに一生懸命頑張っていました。時々私も時間があれば援助していました。

クリスチャンの学校のため、生徒たちは幼稚園からずっと一貫してこの学校に来ているため、もう教室内はグループが出来上がっていました。なかなか他の生徒さんと一緒に交わることは難しい、と娘からは聞かされていました。ですので、いつも一緒にいるのは、留学生の生徒たち、韓国、中国からの生徒さんでした。

時々両親がお金持ちでサラッと子供たちを留学させることがあり、このような場合、子供は来たくてここにいるんじゃない!みたいな態度で過ごしている時があります。

あいにくこのような生徒さんと同じクラスになってしまいました。性格的にはとても優しく、娘のことを気にかけてくれる方だったのですが、宿題など全くしないので、娘のものを写して提出することがありました。彼女はこれについてはとても嫌がっっていたことを覚えています。

ある英語のテスト前の彼女は本当に必死に勉強して、私も手伝って頑張った時がありました。

かなり良くできたのではと思っていたのですが、なんとfail.

何が悪かったのか先生に聞きに行ったようです。点数が悪かったのであれば理解できましたが、理由が

cheatingだというのです。Homeworkの答えが他の中国人生徒と全く同じだったからだというのです。

これには私たちはびっくり。娘は意気消沈。今まで頑張ってきたのに、そんなふうに見られていたことにかなり傷ついた様子でした。

娘には何もしなくて良いと言われたのですが、頑張りを毎日見てきた私には納得できませんでした。

すぐに英語の先生との話し合いの時間をとっていただきました。

とにかく私は娘の頑張りを知らせなくては、彼女に対する偏見を取り除いて欲しい、必死でした。

親バカと言われても、これだけは伝えなくてはと思いました。

提出した宿題も私と一緒にあれこれと試行錯誤しながら仕上げたものなので、他の生徒さんのアイデアでは決してありえないわけです。

先生といろいろお話しさせていただき、なんとか誤解が解けました。しかし、Fを今から取り消すことは難しいと言われ、また取り直すことで解決しました。

これからは彼女の頑張りをしっかりと見てほしいことと、今日先生にお会いしたことは娘には内密にしてほしいことを約束しました。

この後、彼女は宿題を見せることはしなくなりました。

学生生活

3年間高校で教師をし、また担任という大きな責任を背負いがら過ごした日々から

一転して、また学生生活に戻りました。今回は失敗は許されません。

1年間でしっかりと卒業をして、また教師生活に戻らなくてはなりません。

前回と違い、専門クラスがほとんどなので、クラス規模も小さく、だいたい30人くらいの編成です。

パソコンは独学でやってきたので、わからないことがたくさん。プレゼンや、資料作成、エッセイの提出など、すべてやらなくてはなりません。特にグループでのプレゼンではお互いに資料をオンラインで交換したり、リサーチの結果をまとめたり、と頭が痛かったことを覚えています。

カナダでは計算の数値を計算機で計算する問題もあり、言語学の専門クラスのテストに出て、ちんぷんかんぷんだった記憶も。暗算で答えは出ても、ダメでした。

日本では音楽大学を目指し、高校では音楽コースだったので数学、化学をほとんど勉強した記憶がなくて(笑)

ここにきて、言語学、こちらはサイエンスに近い分野になるので、甘かったな。と反省。

幸いにも若いクラスメートがとても親切にしてくれて(多分私が最年長だったような)、一緒に勉強する時間を作ってくれたことで、この難しい環境でも乗り越えられたのだと今も感謝しています。

 住んでいる場所が少し大学から遠いのと、前回と違いガソリン代がバカ高くなってきていて、大学まで車で行き来するには予算を大幅に超えるため、車とバス、スカイトレインでride &bikeというシステムを使い、通いました。最寄りのスカイトレインの駐車場に車を止め、そこからスカイトレイン、そしてバスを乗り継ぎ大学まで、という形です。今、日本でもこのシステムを使っているところがあると思います。

 娘も新しい学校での学びが始まりました。

 私立高校のため、制服がありました。なんとも変な気持ちでした。カナダで制服を着るなんて!

なかなか可愛い制服でしたよ。

 ちょうど大家さんの娘さんたちも同じ学校だったので、時々一緒に連れて行ってくださり、こちらも感謝でした。さすがに帰りまではご迷惑かけられないので、バスで帰るようにしていましたが。

こうして色々な方達のおかげで、新しい学生生活が始まりました。感謝です。

Dilemma

私の気持ちはすでにカナダに。

と同時に3年間のブランクででやっていけるのかどうか…不安もありました。

娘は中高一貫に入り、高校生活も楽しく、担任の先生がとても良い方で

彼女にとって満喫した時間を過ごしていたことを覚えています。

やっと日本に慣れて頑張っている娘の姿を見て、自分一人で行くこともありだな。と

一方では、娘の将来を考えたら、一緒に連れて行った方が絶対にいい。と

Dilemma (ジレンマ)でしたね…

とりあえず渡河の意向を伝えました。

予想通り、彼女の最初の反応は『行きたくない。』でした。

それはもう、わかっていたので、とにかく私は行くので日本で頑張って待っていて欲しいと告げました。

今まで、二人三脚で頑張ってきたので、離れることはとても辛いことでしたが、私の決意は変わりませんでした。彼女にとっても、私にとってもきっと良いことなのだろうと自分に言い聞かせている毎日でした。

しばらくカナダ行きについては話すことはなく、過ごしました。

決断

3年の月日は私たち二人にとっては本当に大事な時間でした。

娘の高校受験がなかったので、その分のストレスがなくなり大きな問題なく過ごすことができました。

私は教師として、たくさんのteenagerの生徒さんに会うことができました。

家庭の事情が非常に良くなく、それゆえに行動に問題のある子たちにも会いました。行動自体は悪いことなのですが、心に悩みを持ち、壊れそうな心で過ごしている子供達。

夜遅くまで家に電話をしたり、朝早くから家の方に尋ねたりと。真剣に向き合えば向き合うほど、私の方もどんどん疲れて、たまに友人に会うと、『なんか、大丈夫?窶れちゃって。。。』と言われる日々が続いていました。

それもあったのですが、一つ心配事がありました。

自分の英語力が日に日に衰えてきていることでした。日本語の環境にどっぷりと浸かり、英語を使うことがないのです。娘も然り。なるべく家では英語で会話するようには心がけていましたが限界がありました。

もうそろそろ戻らなくては……カナダへ。

大学からの手紙ーーーまだ有効だ。

気がついたら、高校の理事長にアポイントメントを取り付けていました。

この方は母のことをよくご存知の方でしたので、快く時間をとっていただきました。

私は今までお世話になった感謝を告げ、カナダの大学との約束を話しました。この時は

辞職するつもりでした。『何年かかるの?』と聞かれ、『多分1年で卒業はできます。』と

返答。『では、1年お休みして、また戻ってきてください。』と言ってくださったのです。

あっという間に承諾していただきました。このご恩は一生忘れないと思います。

さあ、これからまた新たな挑戦が始まります。

無事に

まったく自信がなかった娘、私も何とかと願うばかりの毎日。

半分は地元の中学校への入学を考え始めていました。

しかし、なんと合格することができました!やったぞー!

娘を受け入れてくださり、本当に感謝でした。

そして私たち二人の新しい生活がスタート。

学校は隣の県、石川県金沢市にあります。

JR富山駅から金沢駅まで普通列車で1時間。そのあと、バスで30分くらいですか。

ですので、朝は5時半に起き、二人分のお弁当作り、朝食を食べ、6時半には駅に向かいました。

私はありがたいことに、富山市にある高校で教師として働き、3年間お世話になりました。いろいろなことを学ぶことができ感謝しています。

今一番心に残って感心していることは、彼女が毎日休まずに学校に通ってくれたことです。

はじめは、やはり逆カルチャーショックで慣れるのに、苦労をしていました。学校にいきたくない。

と言ったこともありました。

後から聞いた話ですが、やはりカナダと日本の文化、習慣の違いでかなり戸惑ったそうです。

カナダは自分の意思表示をしっかりしないと周りに認めてもらえません。「出る杭は打たれる」のが

日本です。クラスメートたちとの関係をスムーズにするために、なかなか時間がかかったようです。

不登校になるかもしれないと心配しましたが、よく踏ん張ってくれました。

本当にがんばったね!

私も新しい職場で、いっぱいいっぱいで、必死だった姿を彼女は見ていたのでしょう。私を困らせるようなことは言いませんでした。もっと余裕をもって話をしてあげればよかったかな。と反省しています。ごめんなさい。

いろいろありましたが、3年後、もう一度カナダへ渡ります!

帰国

日本に帰国。

飛行機を降りた瞬間、強い湿気に二人とも『ヒェー』と叫んだ記憶があります。(笑)

バンクーバーは湿気が低く、過ごしやすい気候だったので、日本の湿気はかなりきつい。

しかし、娘はなんだかとてもワクワクし、楽しそうでした。イキイキしていましたね。

留学など、日本を離れて暮らしている方々はよくわかると思いますが、日本にいる時にはわからない日本の良さが、離れてみて初めて理解できて、あー日本人でよかった。と思う瞬間があります。

彼女は8歳から12歳までカナダで生活していましたので、もう中身はカナダ人(笑)日本語は私といつも喋っていたし、補習校にも通っていたので、問題はなかったのですが、時々、変な日本語を発していたような記憶があります。英語は必ず主語がある言語です。ですので、それを日本語でもやっちゃうんですね。たとえば、家族内でも『ご飯食べた?』が『あなたはご飯食べた?』になるのです。

これは本当に面白い現象でした。

私の場合は、30歳までどっぷり日本人、海外旅行も行ったことがなく、いく気も全くなかった人間でした。また、詳しくお話しさせていただきますが、30歳の頃、今まで予想もしなかったことが次々に起こり、娘を守らなくてはいけない、しっかりと育てていかなくてはならないという使命感が、私自身を突き動かしたからなんです。

とにかく、カナダに行き見事にculture shock 受け、たくさんの失敗、トラブルなど経験して、

また、大学という素晴らしい環境で、文化、言語、習慣、教育学、哲学、心理学などを現地の言葉で現地の方々と学ぶことができました。

しっかりと大きく育てていただきました。感謝しかないですね。

さて、帰国後は忙しい、忙しい!

荷物の整理、新しい生活の準備、電気、水道、ガス、電話などの手続きに追われながら、娘の受験準備、就職先への挨拶と、目まぐるしい日々。

あっという間に受験の日。

試験の後、娘はケラケラと笑って、『難しかった。』と一言。

問題を見てびっくり、本当に難しい!これは高校の問題?と思うくらいでした。

残すは保護者の面接。

面接官お二人おられたと記憶していますが、4年間の海外生活で得た彼女の個性を認めて、育ててくれる学校はここしかない。ということを必死に語りました。なんとしてでも入れてください!、と(笑)

悔いはない。よく頑張った!そう二人で話しながら帰途につきました。

結果は?

つづく——

Canadian experience

Living in Canada is an immersive multicultural experience that broadens your cultural perspective. Having the ability to see the world from other cultural perspectives provides insight to our own culture and how we view each other. After living with many cultures we understand a commonality between cultures and countries. We enjoy sharing the many diverse and interesting aspects of others cultures. Some of the most interesting differences relates to food. There are many different ethnic foods available which provide many new culinary options for meals. Having lived in Canada for many years I am aware of the best places to visit and how to get there and where to stay. I enjoy exploring Canada as it is a very large country with an infinite number of beautiful places waiting to be discovered. There is something for everyone in Canada and you can find what ever you are looking for there due to its diverse population from shopping to sightseeing and out door activities. The summers are beautiful sunny and warm and the winters can be wet but mild of the west coast while cold and dry in the interior. If you have any questions or are interested in visiting Canada I would be glad to talk with you.